東京23区の土地利用(用途地域)とコロナが不動産に与える影響
住宅地域、商業地域、工業地域
用途地域とは簡単に言うと、「地域ごとの土地利用の制限」をいいます。大きく分けると「住宅地域」「商業地域」「工業地域」に分けられます。
「住宅地域」は人が快適に居住することを目的として主として戸建住宅やマンションを建てる地域です。戸建住宅のための地域が「低層住宅専用地域」で第一種、第二種があります。マンションのための地域が「中高層住居専用地域」で同様に第一種、第二種があります。「住居地域」は住宅以外にもお店や作業場などほかの用途も取り入れた地域になっています。第一種、第二種、準の三種類があります。「住宅地域」で重要な要素は「快適な生活ができるか」「便利か」という点になります。前者はファミリー層にとって、後者は単身者にとってより重要な要素となります。そして従来から優れた住宅地域は水害の観点からやや標高が高い地域に設けられてきました。
「商業地域」は店舗や事務所を目的とする地域です。店舗が密集する銀座のような地域、官公庁が密集する霞が関のような地域、金融機関や上場企業の密集する大手町のような地域と、同じ商業地域でも個性が強く出てきます。このような商業地域は都市の中心部に位置することが一般的です。また、商業地域の中でも日常品の提供を目的とする近隣商業地域があります。「商業地域」で重要な要素は商業繁華性、すなわち商売をするうえで収益が上がりやすいか否かです。
「工業地域」は工場や物流拠点のための地域です。工業地域は原材料や製品の輸送のため港湾や高速道路網に近接している必要があります。また製品の製造に必要な用水、排出する排水のために海・川に近接する必要があります。このため、工業地域は海・川に近接して存在することが多くあります。近年では工場が減少傾向ですが、インターネットの発達に伴い物流施設が増加しています。
東京における「住宅地域」「商業地域」「工業地域」の配置について上図をご覧ください。商業地域は東京都心部である「千代田区」「中央区」「港区」それに「台東区」に広く存在します。また「渋谷」「新宿」「池袋」といった副都心についても商業地域が広く存在します。工業地域は東京の東部・北部が中心となります。荒川流域の「北区」「荒川区」「足立区」「墨田区」「葛飾区」、東京湾岸の「江東区」「大田区」に広く存在しています。住宅地域は武蔵野台地である東京都西部が中心となります。「大田区」「目黒区」「世田谷区」「杉並区」「中野区」「練馬区」「板橋区」は住宅地域が主体となっています。環六(山手通り)の内側では住居地域が中心でそれ以外も中高層住居専用地域となりますが、環六ー環七間では中高層住居専用地域が中心となり、環七ー環八間では中高層住居専用地域より低層住居地域がやや増えます。そして環八の外側では低層住居専用地域が中心となっています。つまり都心部の方が住宅地域の用途が広くマンションなどの高層建物が多く、周辺部に進むほど低層住宅が増えています。このように、東京23区においては各区内で住宅地域、商業地域、工業地域が設計されているわけではなく、東京23区全体で各地域が設計されている点に大きな特徴があると思います。
用途地域と容積率の関係(商業地域や工業地域にマンションが増えた理由)
〇容積率は用途地域の影響を受けて決まる。
容積率とは、敷地面積に対する延床面積の割合です。そして用途地域と容積率は非常に密接な関係があります。用途地域ごとに容積率は決まっていて、次のようになっています。カッコ内は私が個人的に判断した「中心となっていると容積率」です。(細かい分類は除外します。)
低層住居専用地域・・・50%~200% (60%~150%)
中高層住居専用地域・・・100%~500% (150%~300%)
住居専用地域・・・100%~500% (200%~400%)
近隣商業地域・・・100%~500% (200%~400%)
商業地域・・・200%~1300% (400%~700%)
(準)工業地域・・・100%~500% (200%~400%)
工業専用地域・・・100%~400% (200%~300%)
つまり容積率の大小の関係は実質的に次のようになります。
商業地域 > 近隣商業地域・(準)工業地域・住居専用地域 > 工業専用地域 > 中高層住居専用地域 > 低層住居専用地域
上図から商業地域が中心となる「千代田区」「中央区」「港区」「台東区」が容積率が高く、都心から離れるほど容積率が低くなることが判ります。
〇商業地域や工業地域に増えてきたマンション
このように商業地域や(準)工業地域などは住宅地域の容積率より高く、用途規制の観点から住宅利用も認められる地域です。そして近年、都心にあった工場や商業施設の跡地にマンションが増えています。工場が減ったため住宅が都心に回帰しているということが主因ですが、その他にも次のような原因があります。
1.商業地域においては、収益性が同じなら事務所ビルや店舗ビルよりマンションの方が儲かる。
商業地域では同じ土地(例えば200㎡で1億円の土地)に賃貸マンションと賃貸事務所ビルを建てた場合、共に年間収益が500万円と同じだった場合、次の理由により賃貸マンションの方が、一般に儲かります。このため同等の収益が見込まれるマンションと事務所ビルとを考えた場合、賃貸マンションを建築するケースが多くなります。
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- 建築単価について、マンションの方が事務所ビルより安い。
- 土地の固定資産税等について、マンション(住宅)は住宅用地の課税標準の特例により税負担が軽減されている。
- マンション(住宅)の場合、エントランスホール・エレベーターホール・共用廊下・共用階段等が容積率に算入されないため、事務所ビルに比べ効率的に土地を利用することができる。
私は不動産鑑定士の実務修習(鑑定士になる前の実務を勉強する期間)、港区の商業地を多く見ましたが、マンションを建築しても事務所ビルを建築してもよい土地が多くありました。そして現実には事務所ビルよりマンションを建築しているケースの方が多かったように感じました。
2.(準)工業地域には、面積が大きく利便性の高い土地が多い。
工場の跡地は面積が大きく川沿いなど利便性の高い場合が多くあります。建築技術が進歩したため支持基盤(固い地盤)が深い場合でも杭打ちが十分可能となり、この杭打ちのコストに見合う規模が大きく利便性の高い高層のマンションを建築することが合理的となったことが挙げられます。
工業専用地域は住宅として利用することはできません。従って工業専用地域にマンションを建てることはできません。
コロナ後の不動産をどのように考えるか?(長期的視点から)
コロナの影響で「テレワーク」が短期間に拡大しました。事務所については、大手町の面積の広い事務所に2-3人程度しかいない、というケースも多く発生しているようです。コロナ後、テレワークが普及・定着するようであれば、長期的な視点から不動産の在り方も変化すると考えた方が自然と思います。コロナ後の不動産を考える上で、価格や賃料の上昇・下落も重要ではあると思いますが、重要なことはどの地域のニーズが高まり、どの地域のニーズが低くなるかということと考えます。価格や賃料はその場の経済状況を大きく反映しているため、長期的な経済価値の実態を考える上で必ずしも適正つでないと思うからです。例えばコロナがこれだけ広がる中で有価証券の価格水準が大幅な下落をしているわけではありませんが、企業業績が良いから下落していない訳ではなく、金融市場で大胆な資金提供がされているから下落していないためです。不動産の場合も価格や賃料の上昇・下落については金融市場の在り方やどこでどのような開発が行われているかなどの個別事情の影響が大きく、コロナが不動産にどう影響を与えるかという視点が欠けてしまうと思います。
コロナによる「テレワーク」の拡大は住宅地の経済価値に影響を与える重要な要因である「通勤可能な地域の範囲」に大きな影響を与えます。人が住宅を持とうとする場合、その判断の基となることは、通勤(どこに職場があり、どの程度通勤時間を要するか)と地縁(どこの出身か、親族や縁者はどこに住んでいるのか)という2点ですが、テレワークの拡大は「通勤」の重要性を失わせる原因となりうると思われます。何故なら現在、東京の商業地域には東京23区からのみならず、東京都市部、神奈川県、千葉県、埼玉県からも人が通勤してきますが、この通勤の頻度が落ちれば(例えば一週間1度でよい)、東京の中心部に住む重要性は減少し、むしろ地域に住宅地域と商業地域がコンパクトにまとまり住環境が整備され便利な東京都市部や隣接県の中核都市の方の重要性が増すと考えられるからです。
東京23区に絞ってみた場合、東京23区においては各区内で住宅地域、商業地域、工業地域が設計されているわけではなく、東京23区全体で各地域が設計されていることにより、住宅が集中し商業施設の少ない23区の外縁部付近の地域(例えば環八の外側)の経済価値が長期的に低下する可能性があると思われます。東京23区を東西、南北で測ってみると、概算で東西約31km、南北約32km程度の極めて広い範囲です。しかし東京23区の外縁部付近の地域は商業繁華性の高い地域は少ない状況です。環八の外側で商業繁華性を備えた街は二子玉川程度しかないのではないでしょうか。これまでは、そうはいっても通勤が市部や近隣県よりも近いという大きなメリットがあったのですが、これが薄れてしまえば東京23区の外縁部付近の地域の経済価値は低下する可能性があります。
また、千代田区、中央区、港区等の東京都心部の集積度の高い商業地域についても人が通勤してこないということは大きな影響をもたらす可能性があります。特に次々と建築されてきた大規模事務所ビルの需要へのインパクトは大きい可能性があります。東京駅周辺や虎ノ門、渋谷等で現在も大規模開発が進みますが、テレワークが主体となった場合、これらの大規模事務所ビルの需要は大幅に減少する恐れがあります。コロナ期間中は広大なフロアに数人しか働いておらず、残りはテレワークだった、などと感じている方も多いのではないでしょうか。また企業の中には既に事務所を大幅縮小してしまった企業もあると聞いています。実際に賃料が高額な事務所ビルを東京都心部に構えることはコロナ後、経済効率性が低下すると考えるのが自然でしょう。今後、今までの事務所ビルと異なり、人が集まる魅力を持たせてゆかないと事務所ビルの価値は下がる可能性が高いと感じます。
ただ都心部という地域単位で見た場合、幸いなことにこれまで都心回帰現象が生じていたため、これらの商業地域の人口はかなり増加しています。このため商業繁華性と住環境・利便性の均衡が取れつつある状態にあると感じています。そうであるなら、東京都心部の不動産の経済価値は大きく減少する可能性は低くなると考えます。
次回は東京23区以外の地域にコロナがどう影響するかも考えてみたいと思います。
(付録)上野に文化施設が集中している理由
「上野」という街は「東京国立博物館」を中心に「国立西洋美術館」「東京文化会館」「上野の森美術館」「東京都美術館」さらには「東京藝術大学」「上野動物園」といった文化施設が集中しています。これらの文化施設等がある膨大な土地は江戸時代は「東叡山 寛永寺」という芝にある「大本山 増上寺」と並ぶ徳川家の菩提寺で、現在の上の公園を中心に約355,000坪の計大地を誇っていました。しかし江戸時代の幕末・戊辰戦争で彰義隊と官軍の戦場となり建物の大半が失われてしまいました。現在の「国立西洋美術館」が本堂のあった場所です。